「Big Macの価格をAIが決める」。
そんな時代になった。
2026年9月、Reutersは、McDonald’sが米国を中心にAIを使って店舗ごとのメニュー価格を推奨する仕組みを展開していると報じた。
https://www.reuters.com/business/inside-mcdonalds-push-have-ai-price-your-big-mac-2026-09-29
McDonald’sの価格エンジンは、機械学習を使って毎日数百万件の取引データを分析し、店舗ごと、メニューごとに「最適価格」とされる価格を推奨する。顧客の支払意思や地域の競合価格なども考慮され、近隣の競合店のオンラインメニューから公開価格を取得する仕組みも使われているという。
このニュースを見て、私は昔、あるゴルフ場運営会社でIT Business Analystとして仕事をしていたときのことを思い出した。
当時、私たちはゴルフ場向けのRevenue Management System、いわゆるRMSの導入を検討していた。
そして、そのRMSの導入は、最終的に見送られた。
今振り返ると、当時できなかったことの一部は、現在ならAIやデータ分析を使って、もう一度チャレンジできるのではないかと思う。
この記事では、当時の経験と現在のAIによる価格最適化を重ねながら、「AIによる価格最適化とは何なのか」「なぜ今なら以前より試しやすくなったのか」を考えてみたい。
「需要に応じて価格を変える」という考え方
そもそも、需要に応じて価格を変えるという考え方自体は、AIによって突然生まれたものではない。
航空会社では、同じ飛行機の座席でも、予約時期や需要状況によって価格が変わる。
ホテルでも、同じ部屋が繁忙期には高くなり、閑散期には安くなる。
これはRevenue Managementの基本的な考え方だ。
航空機の座席もホテルの客室も、売れ残ったら後から販売できない。
ゴルフ場のティータイムも似ている。
土曜日の午前10時の枠が空いたまま日曜日になれば、その時間帯を後から販売することはできない。
だから、
「需要が高い時間帯には価格を上げる」
「需要が低い時間帯には価格を下げる」
という発想には、ビジネス上の合理性がある。
McDonald’sのAIによる価格推奨も、考え方としてはこの延長線上にある。
ただし、ゴルフ場とハンバーガーでは大きな違いもある。
ゴルフ場では「明日の10時」という時間そのものが商品になるが、Big Macは基本的には時間に縛られない。
それでも、「顧客がいくらなら購入するのか」「地域によって需要はどう違うのか」「競合はいくらで販売しているのか」といった情報を使って価格を調整するという点では、同じRevenue Managementの系譜にあると言える。
「明日は雨です。では、いくら下げますか?」
当時、特に難しかったのが「天候」という変数だった。
例えば、土曜日の午後2時。
降水確率60%。
では、価格をいくら下げればいいのだろうか。
雨が降れば予約が減る。
しかし、降水確率60%だからといって、需要が単純に60%減るわけではない。
気温、降水量、降水確率、風速、季節、曜日、祝日、予約状況、予約の入り方、キャンセル率、過去の類似した天候の日の実績など、さまざまな変数を組み合わせて、
「この条件なら、この価格なら、どの程度の需要になるのか」
を推定する必要がある。
そして、現代なら、ここにさらに「物価・コスト」の変数も入ってくるだろう。
例えば、人件費、電気・ガスなどのエネルギーコスト、資材価格、物価水準、為替、さらには周辺施設の価格などだ。
つまり、価格を決めるために見るべきものは、
「お客さまがいくらなら買ってくれるのか」
という需要側の情報だけではない。
「そのサービスを提供するために、いくらかかっているのか」
という供給側・コスト側の情報も、価格決定の重要な変数になる。
実際、McDonald’sについてもReutersは、フランチャイズ店舗ごとに賃金や家賃などのコストが異なること、またインフレが消費者の来店動向に影響していることを報じている。
これは、昔のRMSを考えていた私にとっても興味深い変化だ。
当時は「過去の需要」と「天候」などをどう組み合わせるかが大きなテーマだった。
今ならそこに、
需要 × 天候 × 競合 × 物価 × コスト × 市場環境
という、さらに広いデータセットを組み合わせる発想になる。
社長へのプレゼンで、なぜPoCに進めなかったのか
ここで、私が当時経験したRMS導入の話に戻りたい。
今なら「まずPoCをやってみればいい」と考えるかもしれない。
しかし、当時はそれほど簡単ではなかった。
RMSから信頼できる価格推奨を出すためには、過去の需要傾向が見えるだけの十分なデータが必要だった。
つまり、
データが足りない
↓
価格推奨の信頼性が低い
↓
検証できない
という問題があった。
では、データを増やせばいい。
しかし、そのためにはシステムを導入し、データを蓄積し、外部データを取得し、必要な環境を整えるための先行投資が必要になる。
すると、
データを蓄積するために投資が必要
↓
投資するには効果を説明する必要がある
↓
効果を説明するにはPoCが必要
↓
しかし、そのPoCをするにも先にデータやシステムへの投資が必要
という、いわば「鶏と卵」の問題になる。
そのため、PoCをする前に、まず社長にプレゼンテーションをして、プロジェクトとして進めることへの理解を得る必要があった。
そこで問われたのが、極めてシンプルな問題だった。
「そのRMSが出してくる推奨価格は、本当に適切なのか?」
当時のRMSは、現在のような機械学習を中心とした仕組みではなく、基本的にはルールベースのロジックだった。
過去のデータや設定された条件から、
「この条件なら、この価格」
という推奨価格を出す。
しかし、その価格が本当に「最適価格」に近いのか。
そして、それがゴルフ場の支配人たちが長年培ってきた経験や勘よりも優れているのか。
そこについて、十分な確信を持って説明することができなかった。
本来なら、RMSの推奨価格と支配人が設定した価格を一定期間比較し、
- 予約件数
- 稼働率
- 売上
- 価格変更の頻度
- キャンセル率
などを見ながら、どちらのアプローチがより良い結果を生むのかを検証することが考えられる。
しかし、その比較をするためのPoCそのものに先行投資が必要だった。
そして、その投資を正当化するためには、「RMSによってどの程度の効果が期待できるのか」を説明しなければならない。
結果として、プロジェクトはPoCに進むことなく、導入を見送ることになった。
これは、RMSのロジックが「間違っている」と証明されたわけではない。
むしろ、
「検証したい。しかし、検証するためにも先に投資が必要。その投資を正当化するには、検証結果が必要」
という、当時の企業ITが抱えていた典型的なジレンマだったのだと思う。
もし、あのRMSを今導入するなら?
では、もし同じRMSの導入検討を今やるとしたら、何が違うだろうか。
一つは、データを集めるコストだ。
当時、例えば天候データをRMSに取り込みたいと思ったら、まずデータ提供会社を探す。
そして、必要なデータが提供されているかを確認する。
契約する。
データを取得する。
システムに連携する。
そして分析する。
外部データ一つを追加するだけでも、それなりのプロジェクトになった。
もちろん、現在でも企業が正式に利用するデータについては、信頼性、利用規約、ライセンス、継続性などを確認する必要がある。
しかし、API、公開データ、クラウドサービス、Web上の公開情報など、以前よりも低い初期コストで試せるデータソースが増えている。
McDonald’sの現在の価格エンジンが、近隣競合店のオンラインメニューから公開価格を取得しているという話は、その象徴的な例だろう。
以前なら「競合価格データを購入する」という発想になったものが、今では「Web上の公開情報から取得する」という選択肢もある。
すべてのデータが無料になったわけではない。
しかし重要なのは、
「必要なデータを集めること自体に大きな初期投資が必要」というハードルが下がったこと
だと思う。
安くなったのは、データだけではない
そして、変化したのはデータ取得コストだけではない。
データを保存するコスト。
計算するコスト。
ネットワークでデータをやり取りするコスト。
異なるシステムのデータをつなぐコスト。
そして、データを分析するコスト。
これらも大きく変わった。
さらに現在は、AIや機械学習を使うことで、データの加工、分析、プログラミング、モデル作成なども以前より取り組みやすくなっている。
つまり、単純に「AIという新しい頭脳が登場した」というだけではない。
AIを使うための「燃料」であるデータを集めるコストも、「エンジン」である計算環境のコストも、そしてそのエンジンを動かすための開発・分析コストも下がってきた。
ここが、過去と現在の大きな違いではないだろうか。
では、本当に「最適価格」を出せるのか?
ここで、もう一度最初の問いに戻りたい。
AIは本当に「最適価格」を出せるのだろうか。
これは、実は今でも簡単な問題ではない。
例えば、AIが、
「明日のゴルフ料金は8,000円が最適です」
と提案したとする。
では、8,500円ならどうだったのか。
9,000円ならどうだったのか。
7,500円ならどうだったのか。
現実には、同じ条件の同じ日について、すべての価格を同時に試すことはできない。
8,000円で販売した結果は観測できても、「もし9,000円だったらどうなっていたか」という結果は直接観測できない。
つまり、AIが出す「最適価格」は、絶対的な正解というよりも、
利用可能なデータとモデルに基づく予測・推奨値
と考えるほうが適切だろう。
これは、AIになったから完全に解決する問題ではない。
「最適価格」よりも、検証可能な価値を見る
だからこそ、AIによる価格最適化の価値を、
「AIが本当の最適価格を当てたか」
だけで評価する必要はないと思う。
もう一つ、非常に分かりやすい価値がある。
価格決定業務そのものの効率化だ。
例えば、ゴルフ場の担当者が毎日価格を決めるとする。
1. 現在の予約状況を確認する
2. 過去の同時期の実績を見る
3. 天候を確認する
4. 競合の価格を見る
5. イベントや地域の状況を確認する
6. 価格を決める
7. 上司や支配人の承認を取る
8. ゴルフ場運営システム・Web予約システムに価格を登録する
これを毎日、全て人間が行っているとしたら、かなりの業務コストになる。
AIが、
「現在の予約状況、過去の需要、天候、競合価格、物価・コストなどを考慮すると、今回は8,000円を推奨します」
と出してくれれば、人間はその数字を最終確認するだけで済むかもしれない。
重要な例外だけを人間が判断するという運用もできる。
ここでは、「AIが本当に8,000円を正解として当てたか」という問題とは別に、
「価格を検討し、決定し、システムに反映するための時間と人手をどれだけ削減できたか」
という、より測定しやすい価値が生まれる。
価格最適化モデルの精度と、価格決定プロセスの効率化は、別の問題なのである。
AIはRMSを「発明」したのではない
こう考えると、AIによる価格最適化は、まったく新しい発明というよりも、Revenue Managementの長い進化の先にあるものだと思えてくる。
ルールベースの価格設定。
↓
統計的な需要分析。
↓
機械学習による予測。
↓
より多くの外部データを組み合わせた価格推奨。
↓
AIによる分析・意思決定支援。
技術が変わるたびに、扱えるデータの量と種類が増え、計算できることが増えてきた。
そして現在は、価格を決めるために、
「需要」
だけを見るのではなく、
「競合」
「天候」
「イベント」
「物価」
「人件費」
「エネルギーコスト」
「顧客の支払意思」
など、より広い環境を同時に見ることができるようになっている。
「できるかどうか分からない」から「まず試してみる」へ
私が当時のRMSプロジェクトを振り返って、現在との違いを最も感じるのはここだ。
当時は、
「このシステムを導入すれば、本当に効果があるのか?」
という問いに答えるために、かなり大きな先行投資が必要だった。
十分なデータを集める。
システムを構築する。
外部データを契約する。
データを連携する。
そして、ようやくPoCをする。
だからこそ、最初の経営判断が難しかった。
現在なら、もっと小さく始められる可能性がある。
まず過去の予約データを集める。
曜日、季節、祝日、予約の入り方、キャンセル、天候などを組み合わせる。
そこに競合価格やイベント、物価・コストなどの外部情報を加えてみる。
そして、まずデータから仮説を作ってみる。
「この条件では需要がこれくらい変化する」
「この価格帯では予約の入り方が変わる」
「この条件では価格を変えても需要があまり変わらない」
といった仮説を、小さく検証する。
その結果を見てから、本格的なシステム化を考える。
つまり、
「システムを導入してからデータを活用する」
のではなく、
「まずデータを使って仮説を検証し、効果と業務コストを測定してから、必要なシステムを作る」
という順番に変えられる可能性がある。
もし、あのゴルフ場RMS導入をもう一度やるなら
もし今、当時のゴルフ場RMS導入プロジェクトをもう一度やるとしたら、私は最初からRMSシステムという箱モノの導入ありきで考えることはしないと思う。
まず、
「本当に価格決定に必要なデータは何なのか」
を確認する。
そして、
- 過去の予約実績
- 曜日
- 季節
- 祝日
- 予約の入り方
- キャンセル率
- 天候
- 気温
- 降水量
- 周辺競合の価格
- 地域イベント
- 物価・人件費・エネルギーコスト
- その他の外部環境
などを組み合わせてみる。
そのうえで、
「価格を変えたとき、需要はどう変化するのか」
を検証する。
同時に、
「価格決定のために、人間がどれだけ時間を使っているのか」
も測る。
データ収集に何分かかるのか。
価格を検討するのに何分かかるのか。
承認にどれだけ時間がかかるのか。
システムへの登録にどれだけ時間がかかるのか。
例外処理にはどれくらいの人手が必要なのか。
そうした数字を取れば、
「AIが最適価格を出したか」
だけではなく、
「価格決定という業務そのものを、どれだけ効率化できたか」
も評価できる。
それがないと、このプロジェクトにいくらまでの投資をしてOKなのかが誰にもわからない。もし投資予想額が想定を超えるようなら、ゴルフ場運営が何コースまで拡大できればスケールメリットが生まれて投資判断OKになるのかを理解しないと、永遠にRMS導入にGoサインは出ないだろう。
これは、AI導入を考える上で非常に重要な視点だと思う。
McDonald’sのBig Macから考える、AI時代のBusiness Transformation
Big Macの価格をAIが決める。
一見すると、とても未来的な話に聞こえる。
しかし、その根底にある考え方は、私が昔ゴルフ場のRMS導入検討に関わったときと、それほど遠くない。
需要を予測する。
価格を変える。
結果を見る。
そして、次の価格決定に反映する。
違うのは、扱えるデータの量と種類、そしてそれを処理する技術だ。
McDonald’sの場合、現在の価格エンジンは大量の取引データを機械学習で分析し、顧客の支払意思や競合価格などを考慮して店舗ごとの価格を推奨している。
これは、昔のRMSから見れば、まさにその延長線上にある進化だ。
ただし、私はAIによる価格最適化を、
「AIが人間より正しい価格を決める」
という話だけで捉える必要はないと思う。
むしろ重要なのは、
「これまで人間が時間をかけて行っていた、調査 → 分析 → 検討 → 決定 → システム反映というプロセスを、どこまでデータとAIで効率化できるのか」
という視点ではないだろうか。
そして、もう一つ大きいのが、データやシステムに対する初期投資のハードルが下がったことだ。
かつては、
「本当に効果があるか分からない。しかし、検証するには先に大きな投資が必要」
だった。
今は、
「まず低コストでデータを集め、AIを使って仮説を作り、小さく検証する」
というアプローチを取りやすくなっている。
これは、価格最適化だけの話ではない。
これまで、
「データがない」
「分析できない」
「システムを作るにはコストが高すぎる」
という理由で諦めていた業務や意思決定についても、もう一度見直す余地があるということだ。
AIによって変わったのは、情報や仮説作成能力の不足でこれまで答えを出すことを諦めていた問題に、もう一度挑戦できるようになったこと。
そして、
その挑戦を、以前より低いコストで始められるようになったこと。
昔導入見送りとなったゴルフ場RMSと、現在のMcDonald’sのAI Pricingを見比べて、私が感じるのは、そこなのである。
